コラム

 公開日: 2013-01-27  最終更新日: 2013-02-02

兵庫工業高校  卒業式・創立110周年・入学式  御挨拶

平成24年4月9日 (入学式)

皆さんこんにちは。
本日は御入学誠におめでとうございます。
心より御祝い申し上げます。

楼花爛漫と咲き誇り、馥郁たる香りは遥蕩う蝶の如く学窓を漂い、
春風駘蕩、春風がそよそよと快く吹くさまは、
青春そのものを象徴している季節であります。
新入学生諸君を天も感応、地神も能受し、歓天地喜の様相を呈し
天地をあげて兵庫工業高等学校へ県工健児として、入学を歓迎致しております。

御父兄の皆様方並びに関係各位の皆様方、今日のこの良き日を迎えるに当たり、
御子息を斯くも立派に御養育された事に高い席からではございますが
満身に思いを込めて敬意を表したく思います。御苦労様でございました。
私は現在、兵庫工業倶楽部理事長の大役を仰せつかっております 
高校18回化学科を卒業致しました冨金原 伸伍でございます。
我が「県工」は明治35年11月、兵庫県立工業高校として建築、
機械の2学科、生徒数65名をもって開校致しました。
その後明治42年電気科、大正6年応用化学科、大正10年土木科、
戦後は学制改革により現在の兵庫県立兵庫工業高等学校となりました。
更に時代の変遷に対応するべく、昭和33年デザイン科、34年電子科、
62年には情報技術科を新設し現在では8学科、960名を有する全国でも
有数なる工業高校として発展し君臨して参りました。
又、兵庫工業倶楽部は母校の発展と共に卒業者総数は32,929名からなる
大同窓会であります。組織的には8つの各科別同窓会、10の地方支部、
多数の勤務先兵工会が存在しております。
このように110年の伝統と歴史に支えられた兵庫工業倶楽部同窓会に、
三年後、今日御入学された皆さん方全員の御入会を大いに御期待致しております。

皆さん方は、今日県工という学び舎に入学されました。
本日より此の先三年間の道程の一歩を踏み出すわけですが、
皆さんにとっては生まれてこの方15年の経験値で、
将来の3年を見据えなければなりません。
18分の3、即ち17%は全く想像もつかない未知の世界に挑む事になります。
人生経験を積んだとしてもたった15年間の経験でしかありません。
今日から県工を舞台にしたドラマをどのように描いていくのでしょうか。
皆さんにとってこれからの学生生活は気の遠くなるような3年間に
映っているかも知れません。然し過ぎ去って振り返ってみる時、
あっという間の年月であったと思います。
後の後悔先に立たずと先人は言いました。
明日、明日と今日の事を先延ばしにせず、一日一生を生きる気概で
県工時代を過ごして頂きたいと思います。
この3年間で、この学校と共にどこまで想い出作りが出来るか挑戦してみて下さい。
よりドラマチックに、そしてドラスチックに青春を県工と共に謳歌して下さい。

毎日通った学び舎の道と校門に 想い出を心に
夕映えの白い校舎に 想い出を心に
学友と共に学び語った声谺す教室の 想い出を心に
朋友と共に青空を仰ぎ見た校庭での 想い出を心に
クラブ活動で額に汗をし仲間と励んだ運動場の 想い出を心に
先生 先輩 後輩そして同期の皆と刻んだ 想い出を心に
学校にある全ての物 一木一草に到る迄に 想い出を心に

このように青春期を象徴する県工生時代の一時期の過ごし方は、
良きにつけ悪しきにつけ大きな方向性が決定づけられる
極めて大事な一時でもあります。
このような学校生活で得られる経験は大変貴重なもの有益なるものとなるでしょう。
楽しい経験も辛い経験も全て人生の肥やしとしての経験を積むべきであり、
この県工時代に培った珠玉の経験は皆さん方の将来を決して欺く事はなく、
きっと素晴らしい結果を導いてくれる指標となる事でしょう。
 
北海道大学の前身札幌農学校に勤められた初代教頭クラークは、
学校を去るにあたって学生達に「少年よ大志を抱け」 Boys, be ambitious.
若者は大きな志をもつ事によって、大きな夢を達成できるという
励ましの言葉であります。事実、その感化を受けた新渡戸稲造、内村鑑三、
宮部金吾等多くの学生たちは明治期の日本の発展の為に大きな貢献を致しました。
 
皆さん方は何か深いご縁があって、今日県工に入学されました。
この御縁を大切に生かし乍ら刻苦勉励に務め、
蛍雪時代を有意義に過ごさん事を祈念して
私からの御祝いの言葉と致します。

 本日は誠におめでとうございます。ありがとうございました。


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御祝辞

創立110周年に想う

此の度、兵庫県立兵庫工業高等学校が創立110周年を迎えられました事、
心よりお祝い申し上げます。又、この記念すべき大きな節目に
創立110周年記念事業実行委員会委員長を仰せつかりました事、
身に余る光栄であると共に大へん恐縮致しております。
私は、現在兵庫工業倶楽部理事長の大役を担っております
高校18回工業化学科を卒業致しました冨金原伸伍でございます。
我が「県工」は明治35年11月、兵庫県立工業高校として
建築、機械の2学科、生徒数65名をもって開校致しました。
その後明治42年電気科、大正6年応用化学科、大正10年土木科、
戦後は学制改革により現在の兵庫県立兵庫工業高等学校となりました。
更に時代の変遷に対応するべく、昭和33年デザイン科、34年電子科、
62年には情報技術科を新設し現在では8学科、960名を有する全国でも
有数なる工業高校として発展し君臨して参りました。
又、兵庫工業倶楽部は母校の発展と共に卒業者総数は32,929名からなる
大同窓会であります。組織的には8つの各科別同窓会、10の地方支部、
多数の勤務先兵工会が存在しております。
このように110年の伝統と歴史に支えられてきました。
県工は265年間にも及ぶ徳川の幕藩体制が終焉し、
開国がなされ明治という新元号を拝載し、
新政府が開闢された35年後に創立されました。
 江戸末期、アメリカのペリーによる砲艦外交になす術もなく、
右往左往する幕府、欧米列強と交わす不平等条約等言い出せば
切りがない程の不安定、不確実、屈辱の要素が山積されていました。
当時の亜細亜を見渡してみれば、日本とタイ王国の二国のみを残し
他の国々は惨憺たるもので、悉く欧米列強の植民地と化しておりました。
そのような危急存亡の中で列強による植民地化政策を排除し独立国として
厳存する為にはどうすればよいのだろうか、
明治期の憂国の士は粉骨砕身の思いで新しい国造りを目差しました。
或る者は先進工業、民主主義を学ぶ為に米国へ、或る者は憲法、
軍学を学ぶ為にドイツへ、或る者は土木技術、騎兵の運用術を学ぶ為に
フランスへ、或る者は殖産興業を学ぶ為にイギリスはマンチェスターへ、
優秀なる頭脳を持った多くの若者達が日本の現状を憂え乍らも、
日本の将来に大きな夢と希望を託し近代国家建設の為に先進諸外国に赴き、
多岐に亘る多くの知識を貪欲に吸収し日本に持ち帰りました。
又、他方では優秀なる外国人を多数招聘し彼等から多くの事物を
学ぶ事にも成功致しました。
其の時代の日本人はただ西洋かぶれをして無条件に是れ等を
受け入れたのではなく、此れ等の多くは日本化され和洋折衷、
和魂洋才という形で我が国の土壌の中に自然に溶け込み根付いていきました。
此の様な中で日本は欧米先進国に追いつけ追い越せと、
国民は一丸となって励み、国富を蓄え国家の近代化を果たそうと心掛けました。
工業立国日本、技術立国日本、輸出立国日本を目差しました。
この近代日本の黎明を告げる文明開化の一翼を担うものとして、
喫緊の問題は工業技術者の育成という事になります。
農・林・水産業等 第1次産業から脱却し1日も早く都市化、
工業化を計る必要性がありました。
従って県工はこのような時代背景の中で、明治35年に産声をあげました。
日本の未来を拓く技術者集団を涵養する目的の為に・・・・・。
県工は兵庫県民の注視する中その目的を見事に果たして参りました。
110年の伝統と歴史に支えられ乍ら、32,929名の多くの技術者を輩出し
工業立国の礎を築いてきたのは紛れもない事実であります。
これからも日本がある限り県工はその時代時代の要請に応えながら、
技術立国日本を支え続けていくことを切に祈念しながら
私からの御祝辞とさせて頂きます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

平成24年2月24日 (卒業式)

皆さんお早うございます。
本日は御卒業誠におめでとうございます。
衷心より御祝い申し上げます。
又、今日に至る迄長い間、教職員の皆様方、
御父兄の皆様方並びに関係各位の皆様方
本当に御苦労様でございました。
高い席からではございますが心より御喜び申し上げます。

私は昨年度より兵庫工業倶楽部理事長の大役を仰せつかっております 
高校18回化学科を卒業致しました冨金原 伸伍でございます。

我が「県工」は明治35年11月、兵庫県立工業高校として
建築、機械の2学科、生徒数65名をもって開校致しました。
その後明治42年電気科、大正6年応用化学科、大正10年土木科、
戦後は学制改革により現在の兵庫県立兵庫工業高等学校となりました。
更に時代の変遷に対応するべく、昭和33年デザイン科、34年電子科、
62年には情報技術科を新設し現在では8学科、960名を有する
全国でも有数なる工業高校として発展し君臨して参りました。

又、兵庫工業倶楽部は母校の発展と共に卒業者総数は32,644名から
なる大同窓会であります。
組織的には8つの各科別同窓会、10の地方支部、
多数の勤務先兵工会が存在しております。
このように110年の伝統と歴史に支えられた兵庫工業倶楽部同窓会に、
本日御入会して頂ける事心より嬉しく、又心強く思います。

皆さん方は、今日より県工という学び舎から巣立って行かれます。
長いようでも振り返ってみればあっという間の3年間ではなかったかと思います。
今日から社会人としての道を歩む者、又、更に学業を積まんとして
再び学窓の門を叩く者、夫れ夫れ様々なる道を選択肢として選び歩んで行かれます。

本校が我が国に誕生した110年前の日本は明治35年でした。
その時の日本は如何にあったでしょうか。
日清戦争が終って8年、日露戦争の始まる2年前です。
その頃の我が国は、脱亜入欧の名の下、欧米列強に
追いつけ追い越せとばかり形振り構わず全国民が
一つの方向を信じて突き進んでゆきました。
そのような中で県工は兵庫県下全域より優秀なる若人を集め
未来の日本の産業を支える技術者を育成するべく産声を上げました。

その時々の時代の要請に応えるべく多くの優れた人材を輩出し、
その時代の一翼を担ってきた先輩諸氏を誇りに思います。
又、大東亜戦争になり不幸にも敗戦の苦汁を飲む事になりました、
国土は焦土と化しますが、それでも日を置かずして復興の槌音は全国に谺し、
戦後19年経った時にはアジアで初めての開催国になる
東京オリンピックが挙行されました。
廃墟の中からたった19年間で世界でも最たる国として台頭してきました。
世界最速の弾丸列車、新幹線が華々しく登場し
技術立国日本を世界に向けてアピール致しました。
東京オリンピックに合わせての事でした。

吉田茂内閣の経済優先政策、池田勇人内閣による所得倍増、高度経済成長
政策等、政界も官界も財界も国民も豊かさを求めて、
夜を日についで頑張り、世界第二位の経済力を誇る国になりました。
20年前のバブル崩壊迄、経済的豊かさイコール幸せと信じて、
日本人はただひた走りに走ってきました。事の善し悪しは別として、
当時の我々には進むべき目標とか対象がありました。

その後、失われた20年として今の日本は政、官、財はおろか
全国民に至るまで進むべき道を見失い国難と称して、
只々オロオロするばかりであります。
誰もリーダーシップがとれない、とらない状態が続いております。

この我が国に追い討ちをかけるようにして阪神淡路大震災が起こり、
又、昨年は東日本大震災が襲いました。
天変地異に見舞われ原発という人災の洗礼も受けております。
経済はリーマンショック以来、ギリシャに端を発した債務危機は
欧州経済の下落を引き起こし、言い出せばきりのない
未曾有の状態を我が国、日本はおろか全世界に呈しております。
正に出口の見えない不透明な世界とでも云いましょうか。
カオスの時代を今我々は生きているように思います。
然し混沌とし、混乱している秩序なき状態なればこそ、
又同時に全ての事物を生み出す事の出来る根源でもあると云えると思います。
 
 皆さん方は、今、正しくこのような中に立っている、
大変厳しい中に立たされている訳ですが、
そこに少しの勇気があれば、そこに少しの創意と工夫があれば、
そこに少しの努力があれば、そこに少しの愛と優しさがあれば、
そこに夢と希望と、眉上げて未来を希求する輝ける瞳があれば、
必ずや、いつの日か、今日御卒業される県工健児である皆さんの前途には
有望な道が拓かれていくものと信じています。
私共の若い頃にはよく言ったものです。
お天道さんと米の飯は付いて回る。
何も心配するな、やるだけやれと言う励ましの古人の言葉です。
 
 又、我々の先達、上杉鷹山は「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、
成らぬは人の為さぬなりけり」と言い残しました。
江戸中・後期の米沢藩主であった鷹山は、最早財政破綻をしていた
米沢藩の改革に務め、質素、倹約を率先励行、財政改革、殖産興業、
新田開発を行い藩政を立て直しました。
彼の死後、十数年後に借金は完済されたと記憶しております。
実に70年間をかけての財政再建計画でした。
 
 私達、兵庫工業倶楽部は皆さんの若い力を大いに期待しております。
私達OBは皆さん方の応援団として控えております。
将来的に何かあるようでしたら御遠慮等なさらずに甘えられたらよかろうかと思います。
 私達、兵庫工業倶楽部は皆さん方、県工健児の行く末を見守っております。
幸多かれの言葉をもって私からの御挨拶とさせて頂きます。   
本日は誠におめでとうございます。ありがとうございました。

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