コラム

 公開日: 2011-05-01 

悪くしないことを目指す

心の問題というものは、ときには“これ以上、悪くしない”ことを目標にしなくてはいけないことがあります。

最終的な目標は、よくなって幸せになっていただくことです。
ただ、人によっては、そのときの心の状態によって“これ以上、悪くしない”ことを目標にせざるを得ないときがあります。
よくなっていただきたいと思って積極的に働きかけると、かえって心の状態を悪化させることがあるのです。

気持ちが落ち込んで人生に絶望しか感じられず、心の中が死にたいという思いだけに支配されているとき。
「こんなふうに考えて頑張ってみたら?」などと声をかけることは全く意味がありません。
その心には、伝わらないのです。
そんなときは何もできないかもしれないけれど、ただただ寄り添って、その場所に一緒にいることだけができることかもしれません。
絶望的な思いに包まれたその人の心の奥にどんな言葉も伝わらないかもしれないけれど、「わずかであってもその人に幸せになってほしい」という思いが伝わって、その思いを積み重ねて、道を開くことができればとそんな関わりがあります。
ですから、こんなときには心の奥ではくなって幸せになっていただきたいと思っていても、目の前の現実としてはせめて“これ以上、悪い心の状態にしない”ことが目標となります。

またこんなときも、よくなっていただくための積極的な働きかけができません。
それは、治療者を自分の土俵に持っていこうとする方です。

例えば、自分がインターネットなどで調べて、薬の処方の仕方をすべて決めてこられる方。
「自分はうつなんです。
インターネットである患者さんの投稿を見ると、この薬は副作用が大変だと書いてあり、別のこの薬がいいと書いてありました。
だから、この薬を出して下さい」
それが非常に正しい意見である場合、それでいいのですが、ずれていることもよくあります。
インターネットでは非常に偏った意見であっても、自由にもっともらしく出ていることがありますし、その方が自分にとって都合のいい部分だけを解釈されていることもあります。

心療内科の治療では、科学的に100%こうだと証明できるものは何もありません。
だから、「100%絶対にそうなのですか?」と言われると返す言葉はありません。
ただ実際に診療を行っていると、そのようなやり方ではまずうまくいかないだろうということはわかります。
しかし、患者さんの側が「100%そうだと保証出来ないなら、私のやり方でやったらどうだ」と言ってこられると、非常に心苦しいものがあります。

患者さんのこうした姿勢には、「自分のことは自分が一番知っているのだから、自分で決める」といったような思いがあります。
実は、その自分のやり方がうまくいかなかったから、こうした病気になり、病気が長引いているのですが、そうしたことには気付いておられません。

そして、そうした方は意外にも「私はいつも人の意見をきちんと聞く」と言われます。
しかし、それは自分にとって耳触りのよい言葉だけを聞かれるのであって、自分の考えとは異なる耳触りの悪い言葉に対しては聞く耳を持ちません。

例えば、ご本人が「うつ病」と言っていたり、これまでに別の病院で「うつ病」と診断されたと言っていたりしても、本質は非定形的なうつ病であったり、ヒステリーであったりすることがあります。
その場合、休息してお薬を飲んでいるだけではよくならず、自分自身がそうしたことに気付き、自分の心の課題を乗り越えていかなくてはなりません。
しかし、安易にそうしたことを話すと、殆どの場合、非常に気分を害されます。
本当の状態を知っていただいてよくなっていただきたいという真意はなかなか伝わらず、「こんなふうに言われて、自分を否定された」と被害的な思いだけを残すことがあります。

基本的に自らが主治医となって「先生は私の考えに合わせなさい」とされているところがあるので、正直こうした方によくなっていただけるよう導くのはとても難しいものがあります。
治療者としても、一旦は“これ以上、悪くしない”ことを目標にして、その方の言うことを耐えられるところまでは受け入れ、粘るしかありません。
そして診察では、本当の意味で耳触りの悪い言葉でも聞いてくれそうだという時期を待ちます。
それがうまくいかなかった場合、その方は結局よくならないので、また新たな別の病院を求めていかれ、ただ時間だけが過ぎ去っていきます。

心療内科の治療にはこうした現実もあります。
よくなって幸せになっていただきたいけれど、その方に心のハンドルを持つエネルギーがないときや、車で言えば、教官の言うことを聞かないで自分の判断で運転しようとする方の場合、“これ以上、悪くしない”ことを目標とせざるを得ないときがあります。
それは患者さんにとってしんどいことであるとともに、治療者にとってもとてもつらいことです。

心の主役はいつも自分自身ですが、
    「本当にしんどいときには、信頼できる治療者であれば、素直に耳を傾け、その通りにやってみられたら?」
日々の診療の中で、どれほどこの言葉が伝わればと思うときがあります。

この記事を書いたプロ

いずみハートクリニック [ホームページ]

精神科医 泉和秀

兵庫県神戸市東灘区岡本2-7-3 ピークス岡本3F [地図]
TEL:078-453-8010

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